アンナ・ニコル・スミス

貧しい出生でありながら、その美貌と恵まれた肢体からプレイボーイ誌の表紙を飾りマリリンモンローの再来ともてはやされた絶頂期に、六十三歳年上の男性と玉の輿婚、三十九歳で死亡したアンナの人生の後半は謎に満ちていました。

彼女は1967年にドナルド・ユージン・ホーガンとヴァージー・メイ・ティバースの一人娘、ヴィッキー・リン・ホーガンとしてテキサスで誕生しています。結婚後わずか一年で父親が家を去り、1969年に両親は離婚。母親はその後再婚、離婚を三回繰り返したためヴィッキーは母方の叔母と共にメヘイアで少女期を過ごしていました。十七歳で長男ダニエル・ウエイン・スミスを出産するも、夫とは離婚、出生の地ヒューストンでストリッパーとして働きだします。けれど、プレイボーイ創始者のヒューヘフナーを魅了し、又、彼女の夫となる石油大富豪J・ハワード・マーシャルとであい、彼女にとっての大きな人生の転機へ導いてくれたのがこのストリップ劇場の舞台でした。

1994年26歳での六十三歳年上の夫との婚姻後のアンナの人生はスキャンダルと謎に包まれています。夫の死で終わったわずか一年間の結婚生活、十五億ドルと推定される遺産をめぐる義理の息子E・ピアース・マーシャルとの相続争い、そしてアンナにとってはあまりにも都合の良い義理の息子ピアースの突然死。しかしこの年、二十歳の実子ダニエルの急死をむかえるに至り彼女の回りは不可解な死とスキャンダルに満ちてきます。翌年の2007年、フロリダのホテルでの彼女の死が確認されると、三十九年の短かくて数奇な人生はゴシップ誌の格好の的となりました。

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